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【神のみぞ知るセカイ 女神篇】阿澄佳奈を殺した主人公 このエントリーをはてなブックマークに追加

失恋ヒロイン的に面白いというので神のみぞ知るセカイ 女神篇を見た。
1話の段階では面白かった。
序盤は、事情を知っている主人公、恋愛感情はなくとも人情を持ってちゃんとやるべき事をやるための覚悟してる主人公してた。
自分が歳のせいもあり、近年の萌え作品に不愉快ですと思いながらアニメを見なくなってきた中で今回これを最後まで見られたのは、この主人公がしっかり動いてくれる主人公だったからだろう。
主人公の下野がすげえいい仕事してた。
ぶれない変態(1話の段階で)。あの童貞声優が、福山潤と張り合える芯のあるずれたイケメンっぷりを見せてるってすげえな!と1話の下野に釣られて見てたところもある。
キャラの突飛と状況説明を同時進行して、最後はEDに入らず本編が展開しながらクレジットが入る演出にやべえやるじゃんこれはやべえ、と思ったくらいだが、毎回それをやってくれるかと思ったら何て事は無い、通常は耳障りなキンキンカンカン曲が流れるだけだった。EDにはそれでこった演出もなされているが、自分にはいらん要素だった。
後半あんなに巻くならもっと話を削って尺もしぼって欲しかった。といってもTV放送だからしょうがなかったんだろうけど。
伊藤かな恵なんて1話以外いらなかっただろう。

早見沙織補正と言われればそれまでだが、主人公と唯一まともな関係と言えたのってこいつだけじゃね?
主人公の事情と苦労を知り味方となり、主人公の人格を知り突っ込むとこは突っ込んで、主人公とは違う役割で別の場所で異なる仕事をして、主人公に対して多面的であった。
最後の戦いも個人的には敗北しているし、獲得と損失、関係の維持と変化などを抱えて帰る場面、すげえあっさりしてたけどあれは良かったと思う。
むしろ、主人公と阿澄佳奈の決着がついたあとにあれやりましたこれやりましたって女神の描写全部いらなかったんじゃね?まである。主人公の立場が明確で、そのために本来は見せ場であろう最終決戦の場面をあっさり流したのは素晴らしい判断だと思う。だけどその事情すらもうどうでもいい感じのほうが主人公の立場と生き様をより明確に出来たんでないかな…と思うけど無かったら無かったで少しは見せてやれよ、と思ってただろうからこれは完全に後だしで無意味かな。

早見沙織補正と言えば、名塚佳織とか伊藤かな恵とか少し低くざらついた感じが魅力的なのにエロゲ甲高声ばっかりで苛苛した。
もったいない。
竹達彩奈はキャラが良かったのにあそこまでひっぱるキャラにしては竹達彩奈がキャラ負けしてる。
にしても阿澄佳奈のおさえたキャラ声いいな!
他のエロゲ声を出し抜くおいしい声質にしっかりしてる。
阿澄佳奈と同じに名塚佳織や伊藤かな恵だって大事にすればもっと女神編という題名のミスリードが際立ったんじゃなかろうか。
どうでもいいキャラのどうでもいい声質演技が見え透いていたのがもったいないと思う。

自分は原作未読だしアニメ1と2も見ていないからついていけない要素もかなりあったが、この作品は主人公がファッション変人だと思った。ただのいいふりこきじゃねえかよ。
「言うつもりじゃなかった」は無いだろ。無いわ。無いな。
あれは必要悪だったろうが。
阿澄佳奈に直接謝るならあの程度の簡単な言葉でうまくおさめようとする人間関係の甘さと少年漫画の軽さとアニメという尺の都合でわかるけど、直接謝らないのなら、問題は言葉じゃなく、結果的に見込み違いで巻き込んだ未熟さと、阿澄佳奈に感情的に寄ってしまった自身の甘さと、それを許したくないがあまりにただ離別すりゃあいいのに拒絶した浅はかな自尊心だろ。
主人公が阿澄佳奈を突き放すこと自体は、作品展開として、登場人物の行動としても何も間違ってはない。
阿澄佳奈に「好かれる」のではなく「攻略」が目的であると作中で明文化してるのに、後悔するのが感情じゃなく行動かよ馬鹿じゃないの?
ダークナイト見ろよ。やはり俺の青春ラブコメはまちがっている見ろよ。電影少女読めよ。うしおととら読めよ。メンタリストを見ろよ。
主人公にとっての救いは、1人でも核心を知る登場人物の理解で足りる。視聴者にとっての救いは、たとえ主人公が救われなくても主人公を否定しない人物の存在描写で足りる。この主人公は周囲に理解者しかいないし、自分の求めてる対象も明確で、行動による損失と思える要素も作品の段取りとして消化してるだけで全部ちゃんと獲得の結果に結びついている。
つまるところ、この作品で何が気に食わないって主人公の生き様なのだ。
形はどうあれ結局は関係してるヒロインに好かれたいという願望を持っているし、言えば読者(視聴者)に好かれようとするメタな要素が見え透いてる。
主人公の未熟や甘さを表現したかったのかもしれないが、事情を知らずに振り回され事情を知り主人公を許した阿澄佳奈をあれだけ作品として大事にして見せたのに、阿澄佳奈の動機や核心となる主人公ゆえの必要悪を作品が拒むってどんだけ甘えてんだよ。
アマガミフォトカノのようなエロゲアニメ(この記事はギャルゲとエロゲは区別しない)のようにマルチエンドをやらずに共通ルート的、一般作品の物語でやるなら、主人公が誰かを選ばない恋愛の失恋キャラに何の意味がある?
あるいは、恋愛など現在進行の幸福が何の救いにもならない過去の不幸が核心じゃない主人公が恋愛をあえて切り捨てる強い動機と言えるか?または見えるか?
そもそも、エロゲの手段を現実に応用する主人公の特異の対象が、エロゲと同じ性質のヒロインじゃ駄目だろ。
阿澄佳奈の最後おいしい場面にしれっと女神全員そろってるが、女神(憑依)連中は納得してるのか?
女神連中だって事情を知るがゆえに、よりゆずれぬ好意と関係を互いに明示してるのに、何かただの賑やかしで終えてしまって、だったら尺をとりすぎてドラマを殺してるぞこんちくしょう。
その中でもドラマを持っていた、事情を知り人格もある名塚佳織を完全に持て余してた。
立場と自尊心から主人公に接近せざるをえないのに接近そのものを否定したくもなる感情、主人公の戦場相棒の早見沙織に対して日常相棒だった名塚佳織だと思っていたのだが…何だよあれは?
名塚佳織が何で自分の翼に気づかなかったのか理解できなかった。見た目じゃなく感覚的に試すだろ。
人間の背中と、人外の翼では感覚が異なり痛覚とかむしろ人外描写として感覚は過敏であるべきでは?
1度覚醒しても常時覚醒ではない設定なのかと思って混乱しながら見てた。
名塚佳織をエロゲさせるための無駄展開乙。

序盤はちゃんと、過去攻略ずみを放置してた主人公の態度を取り上げて、主人公の生き様にとっては当然であるし女の怒りも当然であり、きちんと状況説明と感情描写が噛み合っていてヒロインのエロゲ行動が気持ち悪いにせよ笑いながら見てた。
ゲーム的手段が現実では妙にドツボるとうまくいった反動で現実の制約に苦しめられるとか、それなりに設定を大事にしてるように見えたし。

原作や前期を知らないから作品の乗りを把握しきれなかったのもあるが、竹達彩奈がメインヒロインというわけでもないのね。
竹達彩奈を優先した結果、阿澄佳奈との離別がそのまま竹達彩奈との離別につながる修羅場には夢中になったけど、どれだけ盛り上げても、阿澄佳奈が主人公の行動を把握した時点で主人公を許して、主人公だって明らかに甘えて揺らいでるのに、ライブやってあそこで関係が終わりってほうが無理あるだろ。主人公が悔いてるのだからなおさら。
そもそも、阿澄佳奈のあれは失恋か?
恋愛漫画に見せて恋愛に勝る価値観こそ作者にとって大事だった恋愛漫画詐欺ハチミツとクローバーみたいに、恋愛との確信ある離別でもねえし。
竹達彩奈に「好きじゃない」と明言した主人公は最高に格好よかったのに…。
阿澄佳奈を突き放した時と竹達彩奈に明言した時は最高にときめいたよ。
しかし、恋愛じゃなくとも関係が継続するならあそこで失恋とするのはヒロインの純愛には短くぬるいし、主人公とヒロインの関係がしっかり断絶するなら、主人公の後悔は作者や作品的に傲慢で甘い。

思ったのだけど、これSchool Daysと同じなんだな。
修羅場を見せるために修羅場があるのであって、失恋キャラに萌えさせるために失恋してるのであって、失恋を踏み台になしえた恋愛が無い。あるいは、恋愛が及ばない絶対的な価値観が無い。
主人公が誰か1人を選ばないのなら、主人公は自身の行動を受けた女にとって最低だと自覚しているのだから、その時点で思想は終わっている(完成している)。
それなら、別にどこにでもいるただのたらしじゃん。
その癖、たらしとして嫌われ役をまっとうできていない。
主人公が、全ヒロイン攻略して失恋ヒロインの憧れと諦めを主人公が知らぬままに最終決戦の助力になるのはうしおととらが100点だしちゃってるから、主人公がうしおととらみたいに超然としてるか、やはり俺の青春ラブコメはまちがっているみたいに自覚して悪役をまっとうするか、メンタリストみたいに自身の幸福を全く望んでいないとか、主人公が嫌味なほど善人か、変人をまっとうできるだけの信念が無いと、どれだけ阿澄佳奈と竹達彩奈の友情と、事件とは無関係なヒロインが感情的に核心であっても、乗れない。
いや、たしかに女神ゆえに尺をとりながら女神とわかった時点で不要となった女神の扱いを見るに、中盤で最後の女神が発覚して、実は核心は女神じゃないほうなんだぜミスリードの構成は素晴らしかった。
しかし、それはエロゲのマルチエンド的にそれぞれのキャラを等しく立ててこそ活きる仕掛けであって、ならばもっと女神を大事にしてほしかった。
主人公が獲得と損失の帳尻があわずどっちもしっかり残るものにしないなら10分くらいのキャラまとめだけ見りゃいいわけだから。
だけど、阿澄佳奈でやりたかったのってそうじゃねえだろ?
主人公の実質的な最後の台詞は竹達彩奈への好きじゃないと、阿澄佳奈の自宅前の会話で良かった。
あの時までちゃんと主人公だったよ。
場面や作品の優先順位はともかく、主人公にとって各ヒロインの扱いはそれぞれに等しく、攻略と同じくある意味でコピペでありながら、機微が違う。
それで充分だった。
それなのに、最後の最後で阿澄佳奈の名場面を主人公が殺しちゃ駄目だよ。
作品があの主人公の感情を肯定するなら、阿澄佳奈と竹達彩奈がどれだけ騒ごうと茶番じゃん。そういう茶番萌えじゃねえだろやりたかったのは。
無駄な話とか気持ち悪いエロゲ的ヒロイン描写とか半分くらい見るのうんざりするけど、それでも誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよやはり俺の青春ラブコメはまちがっているが5億点なのは主人公がまっとうしてるからじゃん。

物語が失恋で完結していない。
阿澄佳奈を大事にしたからこそ作品全体の問題が浮きでた印象。
阿澄佳奈が本当に失恋したという言えるのは、事情を把握した阿澄佳奈の恋愛感情が主人公の執着対象である作中最高の絶対的幸福あるいは不幸の助力に全くならず主人公にも阿澄佳奈にも救いにならないか、あるいは主人公の事情を知らずに主人公の意識がまったく向かない存在として扱われ主人公(作品)の幸福にも不幸にも影響しないたときだろ。
もしも阿澄佳奈の失恋を失恋とするなら、あそこで2人の恋愛が終わりと言うなら、最後に主人公は悔いてはいけなかった。
絶対に。



感想(考察) [ 2014/01/16 04:35 ]