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手話ヒロイン厨の俺が失望した【聲の形】 このエントリーをはてなブックマークに追加

ツンデレとかと同じ意味で、手話ヒロインを好きなのだが、騒がれすぎて逆に見送っていた聲の形をやっと読んだ。

手話ヒロインの作品でやってはいけないのは聴覚障害が題材であるということ。
例えば恋愛作品において男女の生態を描かない。勃起や射精の利鈍や月経にふさわしい道具や対処など。
それなのに手話ヒロインでは聴覚障害の苦労をこれ見よがしに描いて、酷い作品によっては音楽関係の夢を抱かせたり、盛り上がりに大音量の効果音に対して反応出来ない(巻き込まれた)場面とか、とにかく気持ち悪い。
手話じゃないが、ギルティクラウンで花澤香菜の車椅子キャラに「車椅子は私の個性」などと頭に蛆がわいた無能発言させたり、男も女も男が個性とか女が個性とかわめかんだろ。互いに貶しても主張はしない。
その点で、本作は聴覚障害を撒き餌に実はメンヘル同士のラヴコメだったというのに読んでから気づいて、ちょっと笑ってしまった。

そういう意味じゃ恋愛ディストーションは手話キャラが脇役だったためにあっさりと流して、むしろ聴覚障害や手話の設定が無意味にまでなったが、悪くなかった。

そもそも、手話は漫画と相性が悪い。
映像ならば、会話も手話と同じ時間を要するが、漫画だと台詞は文字だから、言葉に対する時間は止まっている。しかし手話は文字のように連続させられない。
媒体からして、そもそも手話キャラを魅力的に描けないのだ。

ザ・ホワイトハウスのように、目の前の女性が何やら凄い身振り手振りだが、視界の外から男性(通訳者)のまくしたてられた言葉が聞こえる、といった視覚と聴覚をあわせたギャップネタとかも出来ない。
更に、この作品では、手話通訳者を利用している社会人なので、手話であることは注目されないし、題材でもない。
自分が知るなかでは、ザ・ホワイトハウスこそが聴覚障害者と手話を扱いながら、その状態が間をつなぐ冗談にはなっても、それを題材にせず登場人物も取り上げない、素晴らしいキャラであり演出だり最高の扱いだった。

ヒロイン可愛いんだけど、作者がその可愛さそのものを処世術としてるから、読者に好かせずにいいもの描けるのか?という気はする。
うさぎドロップの高校りんみたいな。
綺麗であるのを否定してえならヒロインの汚点を描けよ。
ヒロインは悪くないのに問題の対抗策が汚点となる甘い水みたいにさ。
女による女の嫉妬回避みたいで男との関係がなりたってねえ。

男主人公の覚醒した動機も行動もわかるけど、この主人公と作者が距離を置いて、主人公の行動として証明するのじゃなく、あくまで第三者として説明しちゃっているから、やはり俺の青春ラブコメはまちがっているのような当事者だからこその苦難と思い切った打開策が無い。
全部台詞で説明しちゃうし。
神のみぞ知るセカイがエロゲの知識で現実の女を口説くという設定でありながら、口説かれる女がエロゲ性をもって破綻しているような。

聲の形は少年誌でやるべきじゃなかった。
刺激が強いとかじゃなく、むしろ読者が引く毒も無ければ感動できる理想も無い。
こんなことするなら、2人を成人させて、ヒロインの性格そのものは平凡、萌えキャラのような女神性なんて見せずに、主人公にしっかり不満を抱き、あるいは理不尽な要求をして、主人公を等しくある。ただの生活を描けば良い。その中に、聴覚障害における利点、独特の生活習慣や行動、手話の応用などがあれば充分だ。
けれど、それは本作に無い。

執拗にパンツを見せない構図は不自然だから、だったらそうじゃない構図で描けよ。女として消費されたくないけど女を売ってる感じが凄く気持ち悪い。
1巻終わりの男女平等パンチは、ヒロインによる反撃など、見所はある。
主人公に見せてた女神性こそが主人公に対する復讐の手段とか、あるいは女神性をやめた途端に見せる主人公の本性とヒロインの本性の対立、などが最終的に描かれるのかもしれないし、もしそうなら楽しみだが、果たして。

残念だが、少年誌でやったから注目されたのよね。
こういった作品の勝利は、作品が売れることではなく、作品を契機に行動者を増やすことだと思うのだが、恐らく作品に感動しても行動はならない読者が多数だろう。
amazonレビュウの1つに、作中の手話を巻末で解説してほしい、というのがあった。
それ自体は賛成で良い意見だと思う。
しかし、本作とあわせて手話辞典を買って、調べればいい。
レビュワがそうしたかは不明だが、つまりはそういうこと。

ベルセルクのドラゴン殺しのように、現実にはありえないのに、主人公の動作はきちんと人体を勉強した上で描かれているからこそ説得力があるように、手話に視覚的な面白さや、実益などを、見せ場じゃなく物語には無関係なさりげない齣で見せて積み重ねる、というものを期待していたが、主人公がヒロインに歩み寄ったと示す以外に手話の意味が無くなっている。心情は文字で説明されるし、手話自体が1齣で複数の動作を省略して描かれているから。

妹やツンデレと並んで、手話が1萌え要素に過ぎず、しかし作品の好評ネタとなる時代はくるのだろうか?



感想(考察) [ 2014/02/08 05:28 ]

映画レッド・ライトよりお粗末な佐村河内守の件 このエントリーをはてなブックマークに追加

※映画レッド・ライトネタバレあり。

リミット(Buried)の監督の新作だつってんで当時映画館にまで見に行ったレッド・ライト
盲目の超能力者は本物か手品か!?みたいな映画。
中盤までは面白いのに落ちはお粗末でがっかりしたのだが、その1つに、ロバートデニーロが演じる盲目の超能力者を科学的に検証する場面。
それが映画の落ちのために準備された段取りなので作中の専門家が素人の観客よりも発想が稚拙で「まずそこを確認するだろう」というのを専門家が見逃す。
佐村河内守の存在を、自分は今回の問題で初めてしってNHKの番組も見たが、代理作家の問題とは別に、あの発音の明瞭さ、補聴器とか聴力のテストとかしなかったのだろうか?
馬鹿なんだろうか?
ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由ぼくには数字が風景に見えるの疑惑を提示しているが、肯定にせよ否定にせよ検証するのが取材なのではないか?
そういう意味じゃ番組は取材ではなく広告だったのだろうが。
レッド・ライトは作品のために記者や科学者が馬鹿で稚拙だが、少なくとも現実にはそう変わらん、現実だからこそ、より稚拙に見えてしまう、問題を起こしてしまうのを目の当たりして、正直笑ってしまった。
あとリミット(Buried)は売れずに評価もあまりだが、個人的には風刺とサスペンスを両立して低予算を宣伝するのが間違っている美術と撮影の1流演出が際立った素晴らしい作品だと思うので、もうちょい売れてもいいじゃねえかと思う。



感想(考察) [ 2014/02/06 20:56 ]

ぼくのかんがえた さいきょうの 声優百合営業 このエントリーをはてなブックマークに追加

最近見られる百合営業の不愉快さが何かを考えた。
声優aと声優bが仲良くて現場でああしたこうした、あるいはオフにああしたこうした、という話は好きだ。
何が違うのかと言えば、結局のところ、観客に見える場所での演出過剰ではなく、知られない情報の公開しながら関係を見せずに関係性を示す。その上で直接関係してるのも見せる、というのが良い。
いずれ声優の話そのものは虚実まざったものであるし、それは当人にしかわからないのだから。
例えば、声優aと声優bがオフを一緒に過ごし、aがbのいない番組で「bがこれこれこういうことやったんだよ馬鹿だよねえw」と言う。それとは違う番組でaが話したというのをbが聞いてaがいない番組において「おいこらaなんでそれ言うんだよおぼえてやがれ、来週泊まりいったとき」と言う。これだけで、観客に見せられる奇麗な情報だが、観客の知りえない情報を示し、同席していないのに言及する関係の良好を娯楽として提供している。
具体的には、K WebラジオDJCD KRで番組に出演していないのに悠木碧の名前をだす沢城みゆきや、妖狐×僕SS~シークレットなサービスなんて し、しないんだからね! ~ [Blu-ray]における杉田智和と花澤香菜みたいな(これは百合じゃないし面白い意味も違うが)。
百合営業というか、友達営業というか、人間関係を商売にするならこれが正しいんじゃね?
少なくとも自分は、その場以外でどうしたこうしたか関係も伝えず、やたらとかわいいとか好きとか意味をともなわない雑音を聞かされるよりも良いと思う。
それをやらずに利益を得ようとするから百合営業なのだが。
感想(考察) [ 2014/02/06 19:40 ]

TDR Feedback Compressor IIはLogicでは使えるがFinal Cut Proが起動しなくなる このエントリーをはてなブックマークに追加

TDR Feedback Compressor IIのMac AU版をインストールしたところ、Logic Pro 9では問題なく使えたが、Final Cut Pro Xが起動中のウインドウレイアウトを復元中で停止して起動しなくなった。
アンインスコしたら戻った。
音楽 [ 2014/01/28 20:09 ]

明坂聡美が見せる最高の笑顔 このエントリーをはてなブックマークに追加

声優 [ 2014/01/28 16:23 ]